南伊豆町石廊崎渡辺忠家文書保存・調査活動について
代表理事 西村 慎太郎
2015.4.29
2011年11月18日、伊豆半島の最南端である石廊崎の渡辺忠家文書の保存・調査活動を行なった。石廊崎渡辺家は近世段階において長津呂湊(現在の石廊崎)で船宿を経営した家である。石室神社・小澤孝宗氏のご紹介によって、同家の所在が明らかとなり、作業を開始した。
所蔵している歴史資料は掛軸・地券・賞状・御札で全52点に及ぶ。
注目すべきは堂上公家の岩倉具選筆の掛軸が2幅所蔵されていることであろう。岩倉具選(ともかず)とは、村上源氏の一族で、宝暦7年(1757)に生まれ、詩や篆刻に長けていた人物であり、寛政の三奇人のひとり・高山彦九郎とも親しかった。維新の立役者である岩倉具視の先祖に当たる。
渡辺家に遺された岩倉具選筆の掛軸のうち1点は梅図で、「従三位具選」と記されている。具選は天明8年(1788)に従三位に昇進し、寛政8年(1796)8月25日に何らかの理由によって永蟄居(自宅の一室で一生涯謹慎する刑罰)、翌年剃髪しているので、この間に描かれたものと思われる。
もう1点は三社託宣図で、神像の輪郭などを文字で描いた珍しいものである。三社託宣図とは中世以降流行した天照大神・八幡大菩薩・春日大明神を描いた図。梅図同様に「従三位具選謹書」と記されてある。何故、岩倉具選の掛軸が渡辺家に伝来したかは不明である。
御札類は近世の日蓮宗関係のものが多いが、参詣して集積された御札であるかどうかは判然としない。なお、地券は長津呂村の土地がほとんどであるが、11点と多くはない。大正期に先祖が山梨県南都留郡桂川水力電気工事にたずさわったものと思われ、「精勤証書」が2点遺されている。桂川の水力発電は明治39年(1906)に着工し、東京の都市部に送電した。